ナカの目のつけどころ
降下型避難機器「UDエスケープWith」
導入インタビューVol.3
UDエスケープWith 導入インタビューVol.3
はじめに
令和2年7月に発生した記録的豪雨により甚大な被害を受けた熊本県球磨村郡。住居を失った多くの被災者の為に建設された公営住宅「球磨村買取型災害公営住宅整備事業 渡地区(鉄筋コンクリート造7階建て60世帯)」においてUDエスケープWithが採用された。どのような経緯、思いから採用に至ったのかを、設計者の原田展幸氏(株式会社ライフジャム一級建築士事務所)に聞いた。
お話を伺った方
株式会社ライフジャム一級建築士事務所
代表取締役 原田展幸 氏
導入の経緯
- はじめに、球磨村災害公営住宅の設計コンセプトを教えてください。
災害公営住宅とは、災害により住宅を失った被災者の居住の安定を確保する目的で、自力再建できない方に向けて自治体が整備する公営住宅です。対象となる方は高齢者が多く、長年住み慣れた地域での生活に大きく変化が生じるため、既存コミュニティへの配慮や住み続けられる住環境整備が求められます。
消防設備面では、建設コストに余裕が無い為、法的に必要なものを基本としますが、高齢者が多い点や車椅子利用者が入居予定であることはわかっていたので、そのような方が安心して住むことが出来る避難方法を考えました。特に対象となるのが、設計条件である6戸の車椅子使用者向け住戸の整備。1階に設ければ問題ないのですが、敷地周辺は土砂災害警戒区域があるため決して安全とは言えません。駐車台数の確保(ピロティの計画)や集会所の最適な位置(1階に配置)を検討した結果、2階に車椅子使用者向け住戸を設け、その避難方法を考えました。
プロポーザル時点では、山間ということもあり隣接する里道が2階床レベルとほぼ同じという状況から、2階共用廊下から里道にブリッジを渡す計画とすることで避難計画を立てました。しかし、プロポーザル採択後に里道を拡張し、隣の集落と繋ぐ計画があることを知らされ、レベルが取り合わなくなることから、急遽UDエスケープWithの採用に舵を切りました。

- 未来志向で考える時、公営住宅の避難器具に求められる事とは?
熊本地震以降、公営住宅の設計を多く手掛けるようになり、住まい手が高齢者中心であることを実感しました。また、災害がなければ必要とされなかった災害公営住宅は、自治体にとっては、維持管理対象の建築物がこれまでより増加することになります。さらには、高齢者中心であれば将来的に空き部屋が増え、払下げ(譲渡)の可能性もでてきます。
しかし、逆に子育て世帯向けに配慮したものにしておけば、人口減少対策や少子化対策にも活きてきます。そのようなことを考えると、法的に満足するだけではなく、避難に関するユニバーサルデザインも必要ではないかと感じています。

- UD エスケープシリーズとの出会いは?
最初は、営業の方からの紹介でUDエスケープを知りました。ちょうど熊本地震における益城町の災害公営住宅プロポに応募するタイミングです。高齢者のみならず、子育て世帯への配慮も必要と考えていましたので採用しました。滑り台などと比較して、さほど大きなスペースを必要とせず無理なく計画できること、コストに関しては工事費全体の調整でカバーできる範囲と判断しました。
ナカ工業さんの避難弱者に対する製品開発の姿勢に深く感銘を受けました。ただし、広く一般化されるにはコストの壁があります。まずは公共建築で積極的に採用することで認知度を上げ、その必要性を実感して頂くことが必要だと思います。
- UDエスケープWith設置にあたって苦労されたことがありましたら教えてください。
UDエスケープ及びWithをそれぞれ1件ずつ(共に公共建築)採用しましたが、共にデザインビルドです。予算が限られているので、その範囲内で実現するための全体コスト調整に苦労しましたが、理解のある建設会社さんに恵まれましたので採用が叶いました。費用面の問題は、これまで必要という認識の無かった設備に予算をかけれるかという点です。もう少し安くならないかという思いも正直ありますが、必要なものであるという意識を発注者に持って頂くことが優先だと思います。
ただし、必要設備の設定は、国の基準が基本となりますので、今の状況では、自由提案の付加価値程度に留まってしまいます。費用をかけてまで求められていない設備を設けるかという問題です。私は、高齢化問題や在宅推進の障害となっている根本的な要因をもっと解明し、必要設備として認識されれば、生産体制が整い採用しやすい状況がつくれるのではないかと思っています。

設置後の感想
- 実際に採用してみて感じた事をお聞かせください。
せっかく良いものを設置したのに、その価値が伝わりにくいことに少しもどかしさを感じます。この設備があることで安心される方が必ずいますので、そのような方や管轄内の消防関係者の感想も聞いて広める必要性があると思います。入居者内覧会の際は車椅子利用者の担当につきま
した。生活動線を細かく確認される様子を拝見したことで、安心安全に暮らして頂くためには有事の際の避難動線も等しく必要であることを実感していま
す。
設計者である私の耳には、利用者からの評価の声がなかなか聞こえてきません。ただそれは、本当に必要とする対象者が少ないことや、有事が起
きていない中でその必要性に実感が無いこと等に起因しているだけだと思います。
UD エスケープやUD エスケープWithは、命を助ける設備です。ひょっとすると、火災が起きてUDエスケープWithで命が救われた事例でも起きない限り、評価を得るのが難しいかもしれません。しかし、それでは遅いということに気づかなければなりません。災害関連用語に事前復興という言葉があります。災害が起きる前から災害に強いまちにしておくことを意味しています。命を落としてからは遅いのです。災害の多い日本、一人でも多くの命を助ける為、いち早くその必要性に気付き、準備しておくこと
が必要だと思います。

居住者に向けて定期定に消防設備や避難設備の説明会を実施

車椅子利用者による避難訓練の様子